五つの用水 


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篠沢用水


No1 篠澤(ささざわ)家に伝わる古文書に篠澤源左衛門が亡くなる年、寛永元(1628)年に彼の業績を讃えて、
篠澤用水造ると記している。
ここで、再度、強調するが笹沢用水とは篠澤用水の事である。篠澤用水を笹沢用水とした事は、明治になって からと聞く、理由は判らない。
ただ、全国にある用水で個人名(姓)を冠した用水は三つしかないという。日本の為政者は個人名を付ける事を 嫌ったと思われる。ちなみに、船の名に○○丸と強制するそうである。丸と付かないのは軍艦だけだと聞く。
そこで、敢えてここでは笹沢用水と記入する事もある。
次の絵図、文政2年(1817)によると篠澤用水の名は図面の中に無い。ところで現在も篠澤用水と書き呼ばない。
笹沢用水と人は書き,呼ぶ。また掲載した絵図では岩村田用水と書いている。
ともかく、笹沢用水は谷地といって浅間山麓から湧き出る水を集めて(これをカジカ沢)大谷地沢としている。
そして、地元の長老は誰もが、篠澤用水他のどの用水より古くからあると言う。
笹沢用水は当時の北国街道、現在の国道18号線の下を通っている。江戸時代はこの用水を田と飲み水に利用した。
岩村田にとっては重要な用水である。と多くの古文書には記している。





五郎兵衛用水



五郎兵衛用水 昭和26年初秋 小林正一氏撮影
遠く浅間山を望み、後ろに蓼科を望む地に用水を開削した。現在の北佐久郡立科町です。東西を望月町と小県郡長門町に挟まれ、 茅野市に接する北御牧村に連なる南北に細長い町です。 ここに五郎兵衛用水の蓼科山ろくに水源を求めた三本の堰がある。この用水は立科を中心に望月と 北御牧二町一村の平地が広がる豊かな水田地帯を潤しています。町の人は、この堰を抜きに立科土地改良区を語ることは出来ないと述べています。



塩沢用水



塩沢用水は、塩沢堰と云って本堰・和見堰から成っている。古くは江戸時代初期に初代六川長三郎が 蓼科山の裾野に本堰の源泉である弁天神湧水と新堰の和見堰の源泉である水出湧水を探し当て、 寛永18年(1641年)から6年の歳月を費やして正保3年(1646年)に堰延長約55kmの塩沢堰が完成させたのです。 これにより、未開の台地が美田へと変わりながら次々に集落が形成されました。  その後、塩沢堰は用水量確保と近代農業に対応するため、堰を統合し幹線水路の建設やかん水施設の整備により、 良質米栽培・りんご栽培の規模拡大が可能となり里の農業地域は大きく発展しました。  また、水道水源や親水公園などの地域用水としても広く活用されているだけでなく、 土型や石組みを多く残す塩沢堰の水辺空間や、 この用水によって貯えられた女神湖には美しい自然を造りだした。この美しさを求めて年間200万人の 観光客が訪れる観光地へと発展しました。

御影用水




御影新田は1650年に開発されその後天領となります。 柏木小右衛門が用水開削により新田開発される。小諸藩の領地であったが、収穫も上がり実 績もつまれてくると小諸藩から分離され1699年に徳川幕府直轄の天領となったのです。
     そして陣屋が置かれ代官が移住するようになります。 御影新田の生立ち
  御影新田は小諸市の東南に位置し御影区、一ッ谷区、谷地原区の広い面積である。 この御影区は江戸徳川時代の初期には廃村となっていた曽根村を基に新田を開削したのです。
  当時は河川がなく葦や木々が鬱蒼と茂り、狐や狸が住んでいる原野であった。   用水を引かなければ開発することが出来なかった所でした。
   そこで、水源を軽井沢町にある千ヶ滝と軽井沢小瀬を源とする千曲川の支流湯川の二ヶ所より取り入れ、   困難な開削を重ねた末ようやく御影新田まで用水を引くことに成功したのです。
この困難な開削任務に当たったのが柏木小右衛門である。   現在十一代陣屋当主柏木易之が資料を管理し保管して一般公開している。毎年数百人が訪れるという。
   そこで、御影新田開削については現在の陣屋当主柏木易之氏に詳しく書いていただくことにしました。
また御影用水については、御影用水委員長の小宮山恵夫氏と土地改良事務所から資料をお 願いし、ご指導いただきながら書きました。

八重原用水



  黒沢嘉兵衛が承応二年(1653)から八重原新田の開発に着手、数々の苦難を  のりこえて万治三年(1660)に完成をみた。「八重原堰」は蓼科山麓の出水を延々50数kmに渡って流れる用水路です。
 もともとこの地は降水量の少ない所であったがこの用水が引かれる事によって、多くの人々はこの地にあって農業に勤しみ、農村を守ってきた。
 今では人々は先人達から引継がれてきた地域の宝物であると語っている。
  また人々は地域の基幹産業である農業を支える「水」を大切にし、守り、次世代に引継いでいくことが大切であると、用水の管理と保全に励んでいる。
 こういう活動が現代を生きる私達の使命でもあるとも思います。

美しい用水の流れ


最後の写真は、用水を上手に利用し、公園にしたものである。この用水の利用は素晴らしい。
  一枚目は軽井沢のセゾン美術館、最後のは、女神湖の写真である。
 最後に、当サイトの写真はお借りした物が多い、春になったら自分で撮りに行きます。それまで写真掲載にはご寛容のほどお願いします。







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